Blog on Duty of Care 海外における企業の安全配慮義務

【第10回勉強会】ESGから考える Duty of Care

  COVID-19の感染拡大により未曽有の事態の幕開けとなった2020年をきっかけに、インターナショナルSOSでは会員企業様同士のコミュニケーションを目的として、定期的に勉強会を開催しております。
今回の勉強会(2021年8月26日開催)は、「ESGから考える Duty of Care」と題し、弊社営業の田中猪夫よりお話しさせていただきます。



●すべての従業員にESG思考が必要!

 「すべての従業員にESG思考が必要だ」という企業も出現してきましたが、なぜ、ESGが生まれてきたか、そのはじまりについてから話をはじめたいと思います。

 人間の経済活動が地球に影響を与えていることは、誰でも感じることだと思いますが、その影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、地質学的に見て、現在の地球は新たな年代「人新世」(Anthropocene:アントロポセン)に突入した、人間の活動が地球の表面を覆い尽くしてしまった時代、とまで言い切っています。
 そして、このままでは地球が破壊してしまうという危機感から、ある人はマルクスの資本論を再評価し(斎藤幸平)、ある人は資本主義をバージョンアップしようとしています。

 資本主義をバージョンアップしようとする動きは2つあります。
ひとつは、企業は株主の利益を第一とするべし(フリードマン)という「株主資本主義」ではなく、2020年1月のダボス会議で、企業が従業員や、取引先、顧客、地域社会といったあらゆるステークホルダーの利益に配慮すべき、と提唱された「ステークホルダー資本主義」です(発端は、2019年8月のビジネスラウンドテーブルの声明)。
もうひとつは日本からで、ステークホルダー資本主義が提唱される10年以上前の2007年に、世界的ベンチャーキャピタリストで、アメリカ共和党のビジネス・アドバイザリー・カウンシル評議会名誉共同議長、日本の内閣府参与の原丈人氏が提唱した「公益資本主義」です。

 さらにそれらには、会計的には資本(資本金、土地など)を人新世(アントロポセン)に適応させ、社会的共通資本の自然資本(森林、土壌、水、大気、生物資源)を含んだものとする考え方(宇沢弘文)や、近江商人の商売哲学である「3方よし」(売り手、買い手、社会)などを前提条件とし、事業=顧客創造:Create a Customer(ドラッカー)を行う時代になったのです。

 そして投資家は、企業の経営を評価する際に、株主最大価値だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の視点で評価することとなり、この傾向は今後どんどん加速すると考えられています。

 したがって、「すべての従業員にESG思考が必要」というマネジメントが行われることになり、ユーザーの考え方にESG思考がビルトインされるのであれば、私たちのようなアシスタンスサービス会社もESG思考を必要としますので、第10回勉強では「ESGから考えるDuty of Care」をテーマとしたのです。

 では、ESG思考とは何でしょう。
 地球環境を破壊しない、従業員の健康と安全を守る、人権を配慮する、多様性(ダイバーシティ)が重要など、これらを素直に考えれば、その通りだ、それは大切だ、と誰でも思うので、そういう思いを持ち続けながら日々の仕事をすることをESG思考だとします。

 ESGの重要性が世界各国で語られる中、このような「ESGへの思いや気持ちだけ」ではESGが定着することはありませんでした。そんなとき、大きな転換点が、2007 年ドイツのポツダムに G8 の環境大臣が集まった場で起こりました。
 G8の席上、独メルケル首相が、自然の、生物多様性の価値をもっときちんと測りましょう、と提唱したことが大きなブレークスルーとなったのです。

 "測れないものは、守れない!" 独メルケル首相
 
 このメルケル首相の名言によって、排出CO2や水使用量の計測、科学的なアプローチで環境負荷を計測することや、自然資本会計(EP&L)などが、地球環境を守ることにつながる、というコンセンサスが得られ、TEEBプロジェクト(生態系と生物多様性の経済学:The Economics of Ecosystems and Biodiversity)なども開始され、計測し数値化したデータを可視化(開示)することで理解を促す、という流れがさらに加速されたのです。

 これは製品やサービスの品質で考えても同じことで、例えば、「製品やサービスの品質を上げたいという切なる思いや気持ち」だけでは、高品質がその企業のブランドにつながることはありません。やはり、「PPM(Parts Per Million)をゼロにする」などの後工程に不良品をPullさせない、という共通認識が組織にビルトインされないとアウトカムにはつながりにくいものです。
 品質を保証するためのQA(品質保証)を全体最適でシステム化する「QAネットワーク」のような例でも、発生防止レベルや流出防止レベルをマトリックスにし、ABCなどの重みランクで評価し(定量化)、QA項目を目標ランクに引き上げるようマネジメントされているのです。
(「製品やサービスの品質を上げたいという切なる思いや気持ち」では、モグラたたきを正当化するだけで終わってしまう)

 このようにESG思考では、定量化し、可視化することが求められます。
定量化されたESGデータを改善し、目的のアウトカムに限りなく近づける企業活動そのものが、ESG思考で仕事をすることなのです。
そして企業のミッションやパーパス(存在意義)として方向性を定義し、組織にビルトインしておけば、ESG思考の企業活動そのものから必然的にESGブランドが生まれ、ミレニアル世代やZ世代(MZ世代)はそのブランドに惹かれ、商品を購入し、就職先として選ぶ、という時代になったのです。

【参考】ESG思考として重要なことは以下の3つ
①測れないものは、守れない!
②ESG思考からESGブランドが生まれる
③エシカル/ソーシャル消費(MZ世代から選ばれる企業であること)


●非財務情報のESG情報開示にはフレームワーク

 ESG投資家への情報開示は、大きくは静的な情報と動的な情報の2つに分かれます。
 パーパスとマテリアリティーで財務情報と非財務情報をストーリー化し、年に1度「統合報告書」にまとめ開示するのは静的な開示情報です。CO2を削減した新製品や工場マネジメントを行ったというようなプレスリリースは、日々更新される動的な開示情報です。これらの開示された年に1度の静的な開示情報をベースにアナリストが評価する、あるいは日々企業が発信するプレスリリースなどの動的な情報を含めAIが評価する方法などで、ESGがスコアリングされ、それによってESG投資家が投資判断をしています。

 非財務情報としてのESG情報開示の方法は、GRIスタンダードやマテリアリティーが業種で固定されるSASB、ISO26000と呼ばれる情報開示のフレームワーク(SASBとIIRCは統合される予定)がありますが、ここでは情報開示のフレームワークについての解説は省きます。

 問題はESGの「S」における「安全労働衛生」(OH&S)、あるいは「健康管理を含む働き方改革の推進」などの海外勤務者や出張者の健康や安全、命に関わる項目が、現在は定量的に測れる状態にないことです。

 【参考】ESGの「S」
 ※CWC(the Global Unions Committee on Workers' Capital)の「S」の10項目
 ・組織構成(Workforce composition)
 ・社会対話(Social Dialogue)
 ・労働力(Workforce participation)
 ・サプライチェーン(Supply chain)
 ・労働安全衛生(Occupational Health and Safety)
 ・給与水準(Pay Levels)
 ・苦情処理メカニズム(Grievance Mechanisms)
 ・人材開発(Training and Development
 ・ダイバーシティ(Workplace diversity)
 ・年金掛金(Pension fund contributions for employees)

 ※アラベスク社S-Rayによる「S」の10項目
 ・ダイバーシティ
 ・労働安全衛生
 ・トレーニングと開発
 ・製品アクセス
 ・コミュニティ―開発
 ・製品の質と安全性
 ・人権
 ・労働権
 ・報酬
 ・雇用の質


●問題は「海外安全 Duty of Care」の定量化

 海外勤務者や出張者の健康や安全、命に関わる項目が定量的に測れる状態にないと、ESG投資家は、投資対象企業の従業員はパンデミック禍で安全に健康に働く環境が守られているのかの判断がつきにくいものです。
 非財務情報の情報開示フレームワークのGRIスタンダードであれば「OH&S:403」に対し、必要な項目には定量化されたESGデータが掲載されるべきでしょうし、年度毎の変化をESG投資家が観測できるような状態に可視化しておくべきだと思いますが、ほとんどの日本企業は「考え方(方針)と体制」を記述するに留まっており、ESGデータ化(定量化)されていません。
 したがって、その方針(考え方)が実践されているのか、実施した成果(アウトカム)は表れているのか、まったく分からない状況と言っても過言ではありません。
(ESGの情報開示研究会のようなものがあるならば、ぜひ研究対象にすべきです)

 ちなみに、厚生労働省は以下の指標を労災の定量化基準として推奨しています。

【度数率】100万延べ実労働時間当たりの労働災害による死傷者数。
(度数率が高いほど、労働災害の発生件数が多い)

          労働災害による死傷者数
 度数率 = ────────────────── × 1,000,000
           延べ実労働時間数

【強度率】労働日数の損失によって災害の重軽度を表す指標で、1,000延べ実労働時間当たりの延べ労働損失日数。(強度率が高いほど災害の程度が大きい)

         延べ労働損失日数
 強度率 = ─────────────── × 1,000
         延べ実労働時間数

【年千人率】1年間の在籍労働者千人あたり、どのくらい死傷者が発生したかの割合。

           1年間の死傷者数
 年千人率 = ──────────────── × 1,000
         1年間の平均労働者数

厚生労働省はこれらを業種別に調査し、毎年まとめていますので、それらの平均値と比較した年度毎のESGデータを作るのもひとつの方法です。
ただし、海外勤務者や海外出張者だけをこの指標で考察すると、パンデミックで帰国したケースを「強度率」で測ってよいものか、帰国は労災ではないので「度数率」に適合しない、などの不備が出てきます。

 したがって、メルケル首相が言うように「測れないものは、守れない!」のであるならば、海外勤務者、海外出張者という企業のグローバル化を支える人たちの安全労働衛生の定量化されたKPIを創造する必要があります。そして、そのKPIが創造されると、ESG投資家が投資対象とする企業のグローバル化は進展しやすいのか、あるいはビジネス・レジリエンスが強く立ち上がりが早いのか、という判断につなげることができます。

 また最近、ESG推進部やサステナビリティー部、あるいはERM部(エンタープライズ・リスクマネジメント)に「海外安全のリスクマネジメントチーム」を移籍させる企業が増えているのは、ESGの「S」の視点から「海外安全 Duty of Care」(労働契約法第5条)を定量化することで、ESG投資家に開示できるというメリットがあるからです。
(Duty of Careが経費だけでなく、ESG投資に結びつくものになる)【課題1】

 【参考】インターネット回線費は、通信費(経費)からWebブランディングへ
 1990年代のインターネット回線費は通信費として仕分けられる経費。しかし、Webサイトで製品情報を発信、コンテンツマーケティング、Leadマネジメントなどにより、インターネット回線は「Webブランディング」の手段になった(経営の武器)。同じように、「海外安全 Duty of Care」にかかる費用は、ESGデータを可視化することで、「ESGブランディング」の武器になる。

 ESGブランド調査(日経BP)
 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00159/101400010/
 ESGサイトランキング(Gomez)
 https://www.gomez.co.jp/ranking/esg/



●人権 Duty of Careという捉え方

 海外勤務者や海外出張者は、「労働契約法第5条」(労働者の安全への配慮:使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする)により守られていますが、「労働基準法第3条」には外国人に対しても以下の労働条件が規定されています。

 「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」

 あるいは、「労働者派遣法第27条」も「労働者派遣の役務の提供を受ける者は、派遣労働者の国籍、信条、性別、社会的身分、派遣労働者が労働組合の正当な行為をしたこと等を理由として、労働者派遣契約を解除してはならない」と規定しています。
 また、「職業安定法第3条」は「何人も、人種、国籍、信条、性別、社会的身分、門地、従前の職業、労働組合の組合員であることと等を理由として、職業紹介、職業指導等について、差別的取り扱いを受けることがない。」と定めています。
 そして、「労働組合法5条2項4号」では「何人も、いかなる場合においても、人種、宗教、性別、門地又は身分によって組合員たる資格を奪われない。」と規定しています。


 海外では、2017年フランス憲法評議会は、国民議会が2月に可決した法律(人権Duty of Care法)を支持したことにより、特定のフランス企業および該当する外国企業のフランス子会社に注意義務(Duty of Care)が課されることになりました。
 この法律は、対象企業に「vigilance plan」と呼ばれるモニタリング計画書の作成、実行、開示を義務付け、企業の事業活動および(サプライチェーンを含む)取引関係から直接または間接的に生じる人権および基本的自由の重大な侵害のリスク、深刻な身体的傷害、健康リスクまたは環境破壊を特定・予防するための適切な対策を記載することが求められています。

 日本の外務省は、「ビジネスと人権」という観点から、その規模、業種等にかかわらず、日本企業が、国際的に認められた人権等を尊重し、「指導原則」やその他関連する国際的なスタンダードを踏まえ、「人権デュー・ディリジェンス」のプロセスを2025年までに導入することが求められています。

 ビジネスと人権ポータルサイト
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bhr/index.html

 つまり現在、企業活動における人権尊重が注目され、日本政府だけでなく、様々な場で議論が進められるようになっており、ESG投資の中で、「ビジネスと人権」への取組は重要だと位置付けられているのです。

 人権に対してミニマムな捉え方は、自社内だけに適応される労働基準法第3条の「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」ですが、日本政府やフランス政府、あるいは国連(グローバル・コンパクト)の「人権デュー・ディリジェンス」の対象は、国内外を含めたサプライチェーン全体に及ぶものとなっています。【課題2】

 【参考】コンプライアンスはフェーズ3へ
 コンプライアンスフェーズ0:自社(労働基準法第3条)
 コンプライアンスフェーズ1:自社⇒取引先
 コンプライアンスフェーズ2:自社⇒資本系列
 コンプライアンスフェーズ3:サプライチェーンのすべて
 (マグニツキー法、ウイグル人権法)

 ※リスクベースアプローチが有効な手段(マスターデータ整備⇒リスクの特定評価⇒リスク低減のプロセス、マスターデータ整備においてファミリー・リンケージ機能が必須)

 コンプライアンスフェーズ0としての「労働基準法第3条」から、コンプライアンスフェーズ3のすべてのサプライヤーに対する「人権デュー・ディリジェンス」までを、ここでは「人権 Duty of Care」と呼び、「海外安全 Duty of Care」と区別することとします。



●日本の人権問題(特に外国人)と憲法と法律問題

 日本国憲法は、「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又社会的関係において差別されない」となり、人権については何の問題もありません。さらに日本は、1995年に批准した「人種差別撤退条約」で人種差別は禁止しています。

 しかし、例えば旅館業法では、「1、伝染病の疾病、2、賭博などの風紀を乱す、3、宿泊施設に余裕がない」場合を除いて宿泊を拒否してはならないとありますが、人種を理由に宿泊拒否してはならないという法律にはなっていないのです。日本国憲法も国際条約も人権を尊重しているのにも関わらず、日本では外国人の人権問題の法整備が進んでいないのが実状です。
(1970年代の憲法の教科書では「日本国民の間には、人種の違いが少ないから、人種を理由とする差別は、日本では、あまり問題になったことがない」と書かれていた)
 したがって、人権が尊重されなかった外国人は、民法709条の「不法行為」(故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う)を拠り所に民事訴訟を起こすしか方法がないのです。



●日弁連が「個人通報制度」と「国内人権機関」を提唱

 法整備の進んでいない日本では人権問題は民事訴訟に訴えるしかないため、日弁連は他のOECD加盟国などでも採用している「個人通報制度」や「国内人権機関」の設立を提唱しています。日弁連の提唱を受け入れるかどうかは、「司法権の独立」(最高裁の判決に対し、さらに国連の自由権持薬委員会などが条約上違反の判断をすることは好ましくない)という観点から「検討中」なのが日本のステータスです(今までの自民党は消極的、民主党政権時代は積極的に検討中)。

 【参考】個人通報制度
 OECDで個人通報制度をもたないのは日本とイスラエルだけ(米国は米州人権条約の米州委員会に通報可能)。日本人裁判官の判決(最高裁を含め)により、日本国内法に基づく手続きで救済されない場合、人種差別撤廃条約機関に通報することができる。これにより、裁判官、弁護士ともども国際人権法を学び、意識するようになる。

 【参考】国内人権機関
 国連加盟国の6割が設置。費用がかかる裁判をせずとも人権の相談できる機関。立法を促し、簡易迅速な人権救済の道となる。

 これらの制度は、批准している国であれば成立するので、例えばヨーロッパ諸国が「個人通報制度」を批准しているとすると、日本人でも何人でもヨーロッパの国では個人通報が可能です。しかし、日本は批准していないので、日本で起きた人権侵害などは通報ができません。(東京入管センターで国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会に通報し、自由権規約第9条等に違反する勧告が出た例はある)

 【参考】セネガル例
 ゲイエ他、742人はセネガル人であるが、かつてセネガルがフランスの植民地であった頃、フランス人としてフランス軍に勤務していた。彼らは後に退役して年金を受給するようになったが、その後セネガルはフランスから独立し、その時点で彼らはフランス国籍を喪失した。セネガル独立後14年経って、フランスは全アフリカ人に対する年金支給額を減額したため、ゲイエらは規約人権委員会に救済を申し立てたというものである。フランスは右申立に対して、国籍の相違、 行政上の便宜、並びにフランスとかつての植民地との間では生活水準及び生活費が異なるとの理由を挙げて抗弁した。規約人権委員会は、年金受給権は国際人権 (自由権) 規約によって保障されたものではないが、かかる利益は差別なしに与えなければならないと判示した。 (個人通報)

 【参考】小樽の例
 小樽市にある温泉が、すべての外国人を入店禁止(Japanese Only)。この差別は、「日本人のみ」=外国人お断り、つまり国籍を根拠にした差別に見えるが、実は外見による差別。人種差別は憲法に禁止規定がある。(民法709条)

Japanese only.PNG
ジャパニーズオンリー 明石書店より



●1970年代にはじまった海外赴任制度は今後のパンデミックに有効なのか

 ここまで、「海外安全 Duty of Care」を果たすためのKPIを定量化することの必要性と、今後必ず必要になるであろう「人権 Duty of Care」の法的問題点などをまとめてきましたが、最後に今回のパンデミックに対して、従来の「海外赴任制度」は適応できたのか、という根本的な問題を考察したいと思います。

 当時の100万部ベストセラーのビジネス書によると、日本における海外赴任制度は、以下のように1970年代に生まれたようです。

 「日本人はだいたい優秀な素質をもっているから、マネージャーになるとよく働く。労働組合はなるべく給料を上げて働かないほうへいくが、管理職となれば組合がストでも出勤して仕事をする。月給を沢山もらっているわけではないが、マネージャーにすると働く。だからマネージングパワーという新しい労働力を要求している世界のマーケットに対して、日本が対応していけば、ここで浮上も可能になろう。 ...中略... 消費地に直結したところで、現地の過剰労働力を使って、マネージングパワーで生きていくというのが唯一の生き残る方法だと考える。 」糸川英夫『逆転の発想』 ダイヤモンドータイム社 1974年P232より

 日本国内で製品を生産し輸出する段階から、1970年代から上記のように「マネージングパワーを輸出する」という海外赴任制度が浸透し、1980年代前半のプラザ合意による円高でその仕組みは加速し、現在に至っています。しかし、今回のパンデミックにより、「マネージングパワーを輸出する」という考えを変化させる企業もあり、「海外赴任者をゼロにすることが目的」と断言する日本のグローバル企業の海外危機管理室長すら出現してきました。 
 つまり、パンデミックによる海外赴任者の帰国などにより、日本企業のグローバル展開のビジネスモデルは徐々に変化せざるを得ない状態になってきたのです。

 では、どのように変化するのでしょうか。
 「2021年世界生計費調査‐都市ランキング』(マーサー)によると、「海外派遣形態は、数年間海外に赴任した後に本国へ帰任する従来の長期派遣から、短期派遣、外国人採用、転籍、コミューター(国境を越えた通勤)、国際的なリモートワーカー・フリーランサーといった様々な種類へと進化」とあります。【課題3】

 上記の海外派遣形態の変化の中で一番大きなものは「外国人採用」でしょう。
 企業が外国人採用を行うためには、ジョブ型雇用に適応し現地採用するか、外国人を日本で採用し、育成、登用する必要があります。それに向け、各社いろいろな動きがあります。

 「国際協力機構(JICA)と、持続可能なサプライチェーンの推進を行う一般社団法人ザ・グローバル・アライアンス・フォー・サステイナブル・サプライチェーン(ASSC)はこのほど共同で、『責任ある外国人労働者受け入れプラットフォーム(JP.MIRAI)』を設立した。外国人労働者の人権を保護し、労働・生活環境を改善、外国人労働者が働きがいを持って活躍することができる社会の実現を目指す、日本で初めての枠組みだ。公式ウェブサイトなどを通じて外国人労働者の課題を直に聞き、公的機関との連携を踏まえて解決につなげる仕組みを構築する。トヨタ自動車やセブン&アイ・ホールディングスといった企業や業界団体、研究者や弁護士らが参画。」
https://www.sustainablebrands.jp/news/jp/detail/1199401_1501.html より

 「民間では注目すべき動きがある。セブン&アイHDが、セブン‐イレブンで働く約3万7000の外国人店員に対して、生活やキャリアを支援すると21年7月に発表したことだ。これはアメリカ法人が、コンビニ併設型ガソリンスタンド『スピードウェイ』を買収したことに関係している。約3900の店舗があるから、日本からコンビニ経験者の外国人を斡旋すれば、お互いにメリットがある。"使い捨て"にしない優れたアイデアだ。」
https://president.jp/articles/-/48641 より

 このような動きは、企業が海外でグローバルビジネスを行うための海外勤務者や海外出張者の「海外安全 Duty of Care」という単眼視点だけでなく、外国人の「人権 Duty of Care」を含めた複眼視点が必要になることを意味します。
さらにこれらは、現地化、ダイバーシティを進めることにもつながりますので、ESGの「S」をさらに強化し、今後のパンデミックを乗り切れるレジリエンスの高い強靭なグローバルビジネスに進化できる可能性が増すのです。

 第10回勉強会ではDuty of Careに対する単眼視点をESGの「S」の複眼視点にデセンターすることにより、【課題1】【課題2】【課題3】を問題提起しましたが、これらの課題はCoE方式などで研究し、その結果をヨコテンしやすいように形でフィードバックできることを願って、第10回の勉強会を終わらせていただきます。



※勉強会で共有された資料「ESGから考える Duty of Care」(PDF)をご希望のお客様は、お手数をお掛けしますが、下記リンクよりリクエストフォームにご記入下さい。後日弊社営業担当より資料を送付させていただきます。
https://my.internationalsos.com/LP=7818



【参考】安全配慮義務(Duty of Care)を果たすとは何か


    ① 物的、人的環境の整備
    KPI 1:事業所・居住場所等の選定、セキュリティ体制の確認
    KPI 2:社用車の要否及び選定
    KPI 3:警備員、運転手の配置
    KPI 4:予防接種その他の医療のサポートの提供
    KPI 5:法律、コンプライアンス等のサポートの提供


    ② 安全教育の徹底(赴任前トレーニング等)
    KPI 6:政情不安等の問題
    KPI 7:治安・安全情報
    KPI 8:医療・衛生環境についての情報
    KPI 9:ビジネス環境、法的リスク等に関する情報
    KPI 10:危機状況の対応方法


    ③ 問題が生じた場合の対応体制の整備
    KPI 11:本社等への連絡、相談体制
    KPI 12:家族への連絡
    KPI 13:適切な医療機関等との連携
    KPI 14:警察その他の関係当局、大使館等との連携
    KPI 15:航空機を含む交通手段の手配、現地からの緊急出国、帰国等の手配
    KPI 16:外部専門家等との連携


「グローバル人材を守る健康と安全の提言書」
(ベーカー&マッケンジー法律事務所とInternational SOS Foundation共著 2015年11月作成)
Employer's Duty of Care in Japan Positioning Paper
(English) Published by the Baker McKenzie and the International SOS Foundation. Outlines the Duty of Care for businesses operating in Japan.
https://www.internationalsosfoundation.org/apac

インターナショナルSOSは、海外で活躍される企業や
その社員の方々に医療とセキュリティのアシスタンスサービスを
提供しています。詳細は下記webサイトをご覧ください。
http://www.internationalsos.co.jp/

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