Blog on Duty of Care 海外における企業の安全配慮義務

【第11回勉強会】COVID-19影響下における海外赴任者と帯同家族のメンタルケアについて

COVID-19の感染拡大により未曽有の事態の幕開けとなった2020年をきっかけに、インターナショナルSOSでは会員企業様同士のコミュニケーションを目的として、定期的に勉強会を開催しております。
今回の勉強会(2021年9月29日開催)は、「COVID-19影響下における海外赴任者と帯同家族のメンタルケアについて」と題し、実際の海外赴任者の帯同経験のある弊社スタッフより実際に起きた複数のCaseを紹介させていただき、海外赴任者と帯同家族の問題点を深堀してみたいと思います。



(1) 政府が在外邦人の「孤独」対策着手(産経新聞2021年7月6日)

「政府が新型コロナウイルスの感染拡大で深刻化する『孤独・孤立』問題に関し、在外邦人を対象とした対策に着手することが分かった。外務省とNPO法人などが連携し、月内に同省ホームページに支援に取り組む団体を紹介するページを新設する方針。相談内容が緊急を要する場合などにはNPOが外務省に通報し、官民一体となった対応を取れるような体制を構築する。
 菅義偉(すが・よしひで)首相は孤独・孤立対策をコロナ禍の重点課題の一つと位置付ける。このうち、在外邦人の支援は政府の「孤独・孤立対策に関する連絡調整会議」でも相談体制の構築を課題としていた。海外赴任者の家族らが外出が制約され、言葉の壁や文化の違いも重なって、孤独や孤立状態に陥りやすいとの指摘があった。
 このため、政府は外務省の『海外安全ホームページ』や各在外公館のホームページで支援団体の相談窓口を紹介するほか、在留邦人に送信する領事メールでも周知を図る。」
https://www.sankei.com/article/20210706-FTN4TWCNABIBNF6VXXRNI7USF4/ より



(2)「第3回人事・労務担当者のための海外勤務者メンタルヘルス対応ワークショップ」での気づき(2018年11月17日(土)に明治学院大学にて)

 COVID-19影響下になる前に「海外勤務者メンタルヘルスネットワーク」という任意団体が主催する「第3回人事・労務担当者のための海外勤務者メンタルヘルス対応ワークショップ」に参加しました。ここではメンタルへルスの重要性から、土曜日にも関わらず、多くのグローバル企業の人事労務担当者が参加されていました。
 当日の講師は、実際に海外でメンタルの問題に陥った方を予定していたようですが、残念ながら、諸般の事情でその講師の参加は難しかったようです。特にメンタルの問題は積極的に人に話すようなことではないですし、簡単に完治に至るようなものではありません。
 そこで、急遽講師となったのは、「海外勤務者メンタルヘルスネットワーク」の事務局の方でした。その講師は女性の医者で、旦那様の海外赴任のために日本での医師のキャリアを捨てて帯同家族としてドイツに帯同しました。
 ご存知にようにドイツは先進国で、医学的水準も高く、英語が通じる環境です。ご自身も問題もなく過ごせると、判断されたのでしょう。ところが、「日本でのキャリアが一時的にせよ絶たれた」ことと、ドイツという環境で、「日本語でペチャクチャ話す気の合った友人がいなかった」ことからか、メンタルの問題に陥ってしまいました。
 メンタルの問題は弁護士を通じ、労災事案として知ることが一般的ですが、ここではじめて、海外赴任者の帯同家族が陥りやすいことをはじめて知ったのです。参加されたグローバル企業の皆さんも自社の海外赴任者のメンタルの問題は意識し、対処していたとしても、帯同家族までは視野に入れていなかったようで、参加者全員に大きな衝撃を与えていました。

 【参考】帯同家族がメンタルの問題に陥りやすい理由の例
  ・日本でのキャリアが一時的にせよ絶たれる
  ・日本語でペチャクチャ話す気の合った友人がいない



(3)企業のメンタル対策でのポイント

 「第3回人事・労務担当者のための海外勤務者メンタルヘルス対応ワークショップ」の後半では、あるグローバル企業がメンタル対策で設置した「企業内カウンセリングセンター」の運営方法の紹介がありました。企業内カウンセリングセンターの運営者からは、以下の話がありました。

   「相談内容が会社に知られたり人事評価に影響したりする懸念が利用の障害になっている。守秘義務最優先は実際に実行に移されており、命にかかわる場合を除き、誰がどういう理由で相談に訪れたかは、上司や人事部を含めて一切開示していない。他方、相談に来た社員には、自分自身で問題解決に向けて積極的な行動をとるように強く促している。」

 つまり、企業内カウンセリングセンターの運営方法のポイントは、カウンセリングセンターと本社人事部と人事的な交流がないこと。元人事部長がカウンセリングセンターの責任者だったり、カウンセリングセンターの人が人事部に移籍したりするのではなく、情報共有を図りにくくすることが肝心で、相談内容は守秘義務が徹底的に守られていることが、高い利用率につながる、とのことでした。

 当然、日本にいる社員だけでなく、海外赴任者もこの企業内カウンセリングセンターを使う訳ですが、帯同家族が活用できるのかどうかは不明でした。

 【参考】機密保持が利活用を増やすポイント
  ・人事部との人事交流がないこと
  ・相談内容が漏れない機密保持
  ・帯同家族が利用できること



(4)歴史から考察、社会学の祖デュルケムから学ぶ(1897年)

 メンタル問題は個人の問題として捉える場合と、社会と連携した形で表層化する場合があるとは思いますが、社会学の祖と言われるフランスのエミール・デュルケムは、人びとの行動は社会的に類型化され、社会的に形成されている、と断言しています。

 「デュルケムは、フランスで官庁が収集してきた自殺の記録を詳細に検討するなかで、特定の範疇の人びとが他の人たちよりも自殺しやすいことを見だした。たとえば、デュルケムは、女性より男性のあいだで、カトリック教徒に比べプロテスタントのあいだで、貧しい人たちに比べ裕福な人たちのあいだで、それに結婚している人たちよりも独身者のあいだで、自殺者が多いことを発見した。デュルケムはまた、自殺率が、戦時中はかなり低く、経済状態が変化し、不安定な時期を通じてより高くなることを指摘した。
 これらの調査結果からデュルケムは、自殺率に影響を及ぼす、個人に外在する社会的力
が存在するという結論を導いた。デュルケムは、この説明を

 『社会的連帯性』

という考え方や、社会内部における2種類のきずな《社会的統合》と《社会的規則》と関連づけている。社会集団のなかに強く統合されている人たちや、その人たちの願望と野心が社会規範によって規制されている人たちは、自殺しにくいと、デュルケムは考えた。デュルケムは、統合と規制の有無の相対的度合にしたがって、4つの自殺類型を特定した。

 《自己本位的》自殺は、社会における統合度合いが低いことを示し、人が孤立していたり、あるいはその人と集団との結びつきが弱体化したり絶たれている場合に、発生する。例えば、カトリック教徒のあいだでの低い自殺率は、カトリック教徒の形づくる強い共同社会によっておそらく説明できる。それにたいして、プロテスタントのもつ人格的、精神的自由は、その人たちが神の前で「孤立している」ことを意味する。婚姻関係は、その人を安定した社会関係に組み入れることで自殺を防ぐのにたいして、独身者は社会のなかで孤立したままである。デュルケムによれば、戦時中の自殺率の低さは、社会的統合の高まりの現れとみなすことができる。その他、《アノミー的》《集団本位的》《宿命的》などがある。」 『社会学 第4版』 P31アンソニー・ギデンズより



(5)歴史から考察、森田療法から学ぶ、東京慈恵医大、1919年、大正8年

    日本の歴史の中でメンタルの問題が社会的に大きなものになった時期は、明治維新からの明治、大正、昭和初期です。当時、多くの若者が新しい時代に適応できず、いわゆる「神経衰弱」(今でいう神経症)で悩んでいました。明治大正という時代は、江戸時代の幕藩体制という社会的連帯性が崩れ、さらに異文化がぶつかり合う時代で、圧倒的な力をもった西欧文化、文明が日本に導入され、日本人の価値観や行動様式が根本から揺さぶられました。
 そんな時代に、森田療法を生み出した森田正馬さんは東京帝国大学医科で精神医学を専攻。その後、東京慈恵医大で精神病理学を教えながら自宅で開業(1912年)をしました。森田正馬さんが46歳のとき、知人を自宅に預かり、自宅で治療を行ったことが新しい治療法の発見につながりました。はじめて赤面恐怖症の患者を直すことができ、森田療法は産声を上げました。
 森田療法は、患者の訴える症状を直接取り上げず、日々の生活に入り込むことを指導することで問題の解決を図ります。森田正馬さんから見れば治療もできない「エディプスコンプレクス」に代表されるフロイトの精神分析理論を空理空論でしかない、と。
 森田正馬さんの治療を受けた患者の手記を紹介してみます。

「・・・わたくしたちは朝早くから起き掃除をし、ご飯も炊き、便所の掃除もしたのであります。これは普通の家庭での雑用仕事ということになります。・・・ここでの生活には緊張感があります。・・・なんの思慮もなくただ体を動かしている作業ではありません。そのようなお使い根性というか形だけの働きぶりは直ちに見破られて、先生あるいは奥様からやこめられます。かくして、いつの間にか私たちは、対人恐怖も頭痛も消え、時間を惜しみ、物の性を尽くすという時々刻々の心の働きに、人生の感激と喜びを味わえるようになるのであります。」 『はじめての森田療』 北西憲二著より

 森田正馬の病院は自宅で、入院という手段で治療する、という方法です。患者さんの悩みを話題として取り上げずに、目前の作業に取り組んでいくことを厳しく助言します。次第に患者さんは、自分の症状(悩み)よりも、作業に没頭し、そこでの工夫に心を砕くようになります。これは「不問療法」と呼ばれ、古事記の音読からはじまり、作務中は他の患者さんとのおしゃべり、ぶらぶら歩き、口笛、歌を歌うこと、遊ぶこと、体操をすることなど、きばらしになることはすべて禁止され、毎夕食後に日記を書きます。

 ある患者と森田正馬さんのやりとりも面白いので紹介します。

 「【患者】自分の主訴する症状はありながら前ほど気にならなくなり、仕事もできるようになり、体力も病前以上に充実してきました。先生はもう退院して働いてもよいと言われますが、さて退院となると、またあの恐ろしいことのあった職場にかえるのかと思うと不安が昂じて体がすくみ、食欲が消えてイライラします。先生、この不安はどのようにしたらなくすことができるのでしょうか。
 【森田】釈迦は入山後先輩を訪ねて教えを乞うたが、生老病死の悩みを解消し、不安を去ることはできなかった。その後自力解決のため座禅に入っていって最後に悟ったのは、①生老病死の苦悩は人生から取り去ることのできない事実である。②人間は一切の不安をなくすことはできない。③不安の多いほど心の上等な人であるとういのが、その悟りの内容であった。
  【患者】この意外な解説を聞いて、私の全身全霊はドシンと雷に打たれたように感激し、今まで血眼になって、求め探していた、不安解消法は無意味になって雲散霧消してしまった。一切がこけ、たわけの妄想であった。その晩は胸の奥底からこみあげてくる魂の歓喜に涙が止まらず、わくわく昂奮して一晩中眠れなかった。私の心は180度回転し、見るもの聞くもののなにもかが、生き生きと躍動している。長い夢から覚めたようである。」 『はじめての森田療法』 北西憲二著より

 森田療法では症状を標的にするのではなく、その根っこにある生き方の転換を図り、自分の本来の生き方、「あるがまま」を目指します。その後、森田療法は受け継がれ、北西憲二さん(1990年東京慈恵医大卒業、森田療法研究所所長、北西クリニック院長)などにより、入院を基本とする治療法から外来でも対応可能なものにバージョンアップされました。
 外来の面接での治療、日記を使った治療、メールを使った治療、電話面談、あるいはSkype面接などなど、外来の手段の多様化にも対応しているようです。
 日本独自の精神療法である森田療法は、禅、浄土真宗などの仏教の人間理解、さらに広くいうならば、東洋における人間理解から影響を受けており、そこにはすでに、マインドフルネス(Googleが社員研修に導入)の人間理解を内包しています。

はじめての森田療法.png
『はじめての森田療法』北西憲二著

【参考】NPO法人 生活発見の会( https://hakkenkai.jp/
森田療法(東京慈恵会医科大学初代精神科教授・森田正馬が1919年に創始した精神療法)を学びながら、神経症(パニック症・不安症・恐怖症・強迫症・身体症状症・抑うつ等)からの克服を支援するメンタルヘルスのボランティア組織です。
1970年に発足し、1998年には保健衛生分野で顕著な功績をあげたことが認められ、第50回保健文化賞を受賞しました。2005年には特定非営利活動法人として東京都より認定され現在に至ります。全国130ヶ所に会員が中心となり月1回、"集談会"と呼ばれる「交流会&学習会」を開催しています。特定の政治、宗教等には一切関係がありません。


(6)私の経験からの考察(1980年代後半)

 私(インターナショナルSOSの営業の田中)は、20代の後半に1年間という長い間、不眠症に悩まされていました。きっかけは信頼していた周囲の人が突然といなくなったことや、信頼していた人に裏切られたことなどで、自分の中で感じていた連帯性がなくなったことです。
 とにかく毎日眠れない日々を過ごし、完全に鬱状態だったと思います。発症したのは夏で秋になると無性に寂しくなり、日々苦しいのです。「頑張れ!」と励まされると辛く、とにかく生きているのがやっとの毎日でしたが、仕事は続けていました。
 とにかく眠れないので、精神科のクリニックを紹介され、処方薬をもらうことにしました。それを飲めば眠れるのですが、朝起きても午前中は眠く(現在は目覚めに影響しないマイルドな薬もあるようです)、毎朝トラックの運転手さんやドライバーが飲む眠気覚ましのドリンクを飲んで会社に出社し、座っているのがやっとの状態でした。処方箋は2週間分ぐらいをもらい通院するのですが、ある日会社が終わって、急いでクリニックに到着したのが18時5分でした。そのクリニックの診療時間は18時まで(現在もインターネットで確認すると18時まで)だったので、営業時間外ということで、受付で診療を断られてしまいました。たかが5分、されど5分で、処方箋をもらうことができなかったのです。
 私にとり処方薬は朝眠いだけで、まったく効果がなく、深い闇に落ちるように無理やり眠ることはできるのですが、翌日のQOL(Quality of life)は下がるだけのものだったので、これを機会に飲むのをやめてしまいました。また、処方薬が必要と思われる状態にも関わらず、定時で診療拒否されるような医者はあてにならない、とも思いました。

 やはりメンタルの問題は、眠れないとき、不安や鬱状態のときに、相談したりできる専門家が近くに寄り添っていてくれると安心です。この文書を書くために改めてそのクリニックを検索しましたら、私の診察を断った創業の医師は退任し、息子さんが後を継いでいるようです。精神科医そのものも、毎日患者と向き合うのですから、定時で区切りをつけ、患者と一定の距離を保たないと、心理学者のユングにおけるサビーナ・シュピールラインとの関係に陥ってしまうことが"ない"とは言えないでしょう。したがって、診療時間が5分でも過ぎると患者を受け付けないことも、今なら分かりますが、当時20代の後半の若造には、不親切で、患者に寄り添うことのできない「ヤブ医者」にしか映りませんでした。

 そして、不眠症は続きます。
 仕事の関係で知り合った元労働組合の幹部だった人の個人事務所に訪ねたとき、眠れないことや、無気力なこと、秋や冬には無性に寂しいことなどを雑談しました。すると、「もしかするとクビがやられているのではないか?」と言い出すのです。頭、つまり「脳」がやられていると思っている私は、「クビ」ということがピンときませんでしたが、いい人を紹介していただけるとのことで、当時住んでいた名古屋から三河の豊橋にある柔術整骨の先生を訪ねることになりました。
 矍鑠(カクシャク)とした70代後半から80代前半と思われる柔術整骨の先生は、私のクビを触るなり、仰向けに寝てください、と言って、すぐにクビを外して付け替えたようです。手にヒヤ汗がでてきましたから、クビのどこかの関節を外し、正しく乗せ換えたのです。
 1年にも及ぶ長い不眠症で筋肉が緊張し、クビの神経を圧迫していたのでしょうか。正確な理由は分かりませんが、帰りの電車で爆睡してしまったのです。こんなに寝たのは1年ぶりと思えるほどの深い睡眠でした。トップのクビをすげ替えるとその組織の問題が解決し、見違えるように良くなることがありますが、これと同じで、柔術整骨の先生のおかげで新しい位置に私の「頭」が座ったようで、見違えるように眠れるようになったのです。20代の私は、柔術整骨(東洋医学)で救われました。

 以来、ウソのように眠れないことはなくなり、不安もなくなり、徐々に普通の生活に戻っていくのが分かりました。私のメンタルの問題は西洋医学では解決されませんでしたが、東洋医学の柔術整骨で解決することができたのです。やはり、メンタルの問題に陥ると、悩むことや眠れないこと、連帯感が感じられない寂しさなどに悩まされますが、いろいろな手段を先入観やこだわりを持たず試してみることが重要なのではないでしょうか。
 人によって、西洋の近代精神医学が合う人もいるでしょうし、日本古来の仏教をベースにした森田療法やマインドフルネスが合う人もいるでしょう。私のように柔術整骨などの東洋医学が合う人もいます。

 いずれにしても、いつでも、どこでも、誰でも陥る可能性のあるメンタル問題は、予防や解決手段に多様性が求められることだけは確かなのです。



(7)海外赴任者と帯同家族体験者からの経験談

 (7)では、実際にヨーロッパ、アジアに帯同家族として帯同した経験を持つ弊社スタッフより、「海外赴任者と帯同家族の問題点」などをご紹介します。

  海外赴任者・帯同家族のメンタルヘルスを考察する上でキーとなる4つのポイント

9年半に渡る帯同・日本残留家族としての経験から、従前から現在に渡って見られる
4つのキーポイントを挙げてもらいました。

(A)海外赴任者不足
グローバル企業において、昨今の海外志向を持つ中堅社員の減少に伴う海外赴任者の年齢層の若年化とベテランの2極化が進んでいます。
また赴任者本人や家族の様々な問題から、海外赴任要員の確保が難しくなってきており、偏りのある派遣が避けられない課題になっています。

(B)家族の連帯・社会的連帯性の重要性
海外赴任者不足という状況の中、赴任者の皆様の健全な心身を支える「源」は家族であり、皆様のご家族が心身ともに健全であることがいかに重要か、さらにCOVID-19影響下において孤独にならないように、社会的連帯性の大切さについて再認識する必要があります。

(C)配偶者のキャリアの中断
海外赴任者経験がある方へ調査を行った結果、半数以上の方が「海外で働く」という労働環境の変化により、仕事でストレスを感じ、さらに家族を帯同している3割以上の海外赴任者が、仕事におけるストレスが帯同家族との関係を及ぼしている実態が出ている。特に順調にキャリアを重ねてきた配偶者のキャリアが途中で途切れることへの不満、不安、それに伴う離婚、別居の増加が、ここ近年の状況のひとつではないでしょうか。

(D)海外赴任者の管理者に求められる包容力とスキル
意外と知られていないのが、日本人海外赴任者へのメンタルケアと、現地レベルに合わせた業務内容・スケジュール感への理解が必須である事です。
異なった国での現地スタッフおよび日本人海外赴任者への業務内容の把握・スケジューリングといった管理スキルも必要です。

●  ゼネラリストとしてのFLEXIBILITYとOPPORTUNITY(Case1:海外赴任者)

・仕事と帯同家族へのサポートの両立
海外赴任者にとり海外に赴任するということは、日本国内で働くより「ゼネラリスト」としてのスキルが要求されます。それは仕事のみならず、仕事場と住居が近いこともあり、子守を行うため睡眠不足で会議中に居眠りすることもありました。
・できる海外赴任者は「THEなんでも屋」運転手件旅行代理店業務まで必要なスキルであり、業務には一見関係がなさそうな美味しいレストラン・現地情報の精通も必須。
・IT環境は発達するも日本との距離は未だ遠く疎外感
日本のHQからは忘れられているかも知れない、という一抹の不安が常にありつつも、日常業務では最新の情報もキャッチアップしなければならないので、その距離感が遠く感じることは確かです。
・海外赴任者で培った経験とFLEXIBILITYに無駄なし
特に現地管理者としての経験は、次のOPPORTUNITYに必ず繋がります。日本のHQなどの大きな組織ではどうしても細分化された範囲に限定した仕事だけをこなせればよいということになりがちですが、海外赴任者の仕事は何でもこなす必要性からFLEXIBILITYがないと仕事になりません。そして、そこで体験したFLEXIBILITYは全体最適を必要とした仕事で必ず役に立つものです。

【Case1のポイント】
海外赴任はゼネラリストとしてFLEXIBILITYを磨く良い機会。それは全体最適を見渡す体験を与えてくれる貴重な「場」で、いろいろな形で将来のOPPORTUNITYにつながる。

●  帯同家族の社会的連帯性と自己肯定の大切さ(Case2:帯同家族)

・現地で就業できず不満・焦燥感に襲われ赴任地離婚?
(企業方針・就労ビザ取得の難しさ)
日本でのキャリアを中断し、帯同家族として現地で海外赴任者をサポートするのが帯同家族の務めであるという暗黙の了解が当時(2000年当初)ありました。
また現地で新しい仕事につくことは、就労ビザの問題で非常に難しくもありました。
その様な状態では不安や焦燥感はつのるばかりで、夫婦喧嘩にもつながってしまいます。
・せっかくのチャンス、学ぶ直すことの大切さ⇒人生がより豊かに
海外赴任での経験を帰国後本業にする人もいますが、ボランティア活動や大学の短期講座に参加することで社会的連帯性を作ることも大切です。
例えば私の場合、現地で語学や教授法を学び直し友人達に教えることで、多くの事を得ました。
本日この勉強会で体験談を話すということは、20年近く前には思いもしない事であり、まさにFLEXIBILITYから繋がったOPPORTUNITYのひとつではないかと思います。
・縦も横もつながりのない中で、新たな世界を切り拓く楽しさ
とかく海外での日本人は「群れる」ことが一般的です。それを嫌って2か月に一度日本に帰る人もいましたが、「日本人同士が群れる」から脱却することも、自己肯定感につながりプラスに働くことが多くあります。

【Case2のポイント】
海外赴任者の帯同家族は日本でのキャリアを中断し、なおかつ現地で海外赴任者のサポートをする存在として認識されている風潮がある。それをネガティブに捉える人はメンタルの問題に陥る可能性があるが、ポジティブに捉え、現地での社会的連帯性を作ることが自己肯定につながり、将来のOPPORTUNITYの「種」をたくさん植えることになる。

●  つながりは重要(Case3:海外赴任者、帯同家族ともに)

・渡航後の興奮から約1~2か月後に陥る落ち込み(デプレッション)
誰でも起きるとは限りませんが、新天地での生活の興奮状態からデプレッション状態に陥ることがあります。
・頭痛・めまい用に処方された薬で飛び降りたい衝動に(1本の電話)
現地のクリニックで日本人医師に処方された薬によって、マンションの8階から飛び降りたい衝動にかられたことがあります。そのときは、母親との1時間ほどの会話で収まりましたが、やはり日本語により信頼できる人との会話は重要です。また海外では、処方された薬の量を含めセカンドオピニオンを得ることが大切なことを、身をもって経験しました。
・言葉が通じず1年近く引きこもりをした友人、すべての窓に鈴をつけないと1人では眠れなくなった友人
日本語が通じないことは非常にストレスになり、引きこもってしまった友人もいましたが、メンタルケアという意味で会話は重要です。また、海外の環境下から恐怖心を抱いてしまい不安定な行動を行ってしまう人も皆さんが思っている以上に実際にいます。
・心の逃げ場を確保しよう
私の処方された薬の副作用の例のように、日本の信頼できる友人、あるいは実家とはコンタクトが取れることが極めて重要です。母国語で自分の気持ちを吐き出せることが自分自身の気持ちの整理にもつながるからです。現地の友人に気持ちを吐き出すのもひとつの方法ではありますが、狭い日本人社会に伝播してしまうと逆効果になることもあります。

【Case3のポイント】
自分の悩みを母国語で吐き出せる日本にいる友人、家族の存在は海外赴任者も帯同家族にとっても大切。日本以上に海外では信頼できるつながりが重要になるが、現地の日本人社会では機密が守られないこともあり、注意が必要。
(機密が守られるメンタルカウンセラーでも良い)

●  海外赴任者の管理者のスキル(Case4:海外赴任者)

日本とは異なる環境でメンタル面での影響を受ける海外赴任者は少なく、最悪の場合、自らを傷つけ、意図に反して他人を傷つけてしまうということが時折起こります。
理由は様々であり、決して一概には断定できるものではありません。
一方で現地ならではの事情・悩み等、日本側にはあまり伝わらない「現場の生の声」をここでは列挙してみました。

・現地では職場の日本人は小人数
企業や国によると思いますが、大きな工場でも日本人は10数名以内というケースがあります。そういう場合、仕事や私生活での悩みの共有や相談する相手が限られてしまいます。
・概して現地スタッフの能力が低く、指示待ち、責任回避が多く、言語文化の違いで誤解も商事やすい
・海外赴任者は日本からの母国レベルの要求と現場のギャップを埋め、多くは部署長や指導員として日々の判断を任されている
・若手の場合日本では経験していないマネジメント業務も多く、日本側はこの点を余り認識していないのではないか
(A)で示したように海外に派遣される人材は2極化しており、経験の浅い若手が現地のNational Staffのマネジメントを行うことがあります。海外派遣時に職級を少しアップしてから派遣する事も多い事からくるギャップとも言えますが、任された若手にとり、ストレスは想像以上に重くのしかかっています。
・現地管理者は日本人海外赴任者の声に耳を傾け、現地レベルに合わせた業務内容、スケジュールを意識することがとても重要
・日本の時以上にOne on One面談で私生活を含め、マメに相談する機会を持つことが肝要
前述の若手日本人海外赴任者にとり、One on Oneは自分の抱えている問題を吐き出すことができる「場」になります。それによるメンタルケアは、仕事を円滑に行う上で極めて重要。
・そうした状況から現地管理者へのメンタルケアの知識や理解の有無は、日本人赴任者との円満な関係を作る上で、大切な要素かと思います。赴任前の現地赴任者に対する管理者研修を設けることも必要では。

【Case4のポイント】
経験の浅い海外赴任者にとり、現地スタッフのマネジメントは想像以上にストレスが大きい。日本人海外赴任者を管理する海外赴任者は、ある意味メンタルのカウンセラー的な仕事をも必要とし、特にOne on Oneは悩みを吐き出させる貴重な「場」となる。


(8)メンタルケアの3つのフェーズ

(1)から(7)までの話をまとめますと、メンタルケアには以下の3つのフェーズがあることが分かります。

 3つのフェーズ.png


 【予防】のフェーズは、(4)で紹介しましたデュルケムの社会的連帯性から考察すると、会社という社会(組織)に自分は強く連帯していると意識させることが有効でしょうし、(7)のCase2で紹介したように、自分自身の自己肯定につながるような社会連帯性を自らの周りに作り出すことも重要です。また、(5)に示したGoogle社のマインドフルネスのようなメンタルを安定させる研修を自社に取り込むのもひとつの方法です。
 【発見】というフェーズは、(1)の日本政府が示すような「1本の相談電話」などを周知させることや、(7)のCase3で示したような家族や信頼できる友人とのつながりの重要を認識させることも重要になります。あるいは、インターナショナルSOSのアシスタンスセンターでサポートされるメンタルカウンセリング(エモーショナルサポート)なども手段となります。
 【治療】というフェーズは、(5)で示した東洋医学の森田療法、あるいは(6)で示した柔術整骨など、西洋医学、東洋医学を問わず、その人にあった多様な手段を必要とします。時間の経過という「薬」も有効でしょう。

 これらの【予防】【発見】【治療】という手段を有機的に自社の海外赴任制度にビルトインしておくことが、今後はますます重要になってくるのではないでしょうか。



(9)海外赴任者向け説明会と社会的連帯性

 私自身の営業活動で行っていることですが、現在1年半以上孤立した海外赴任者と帯同家族に向けて、改めてインターナショナルSOSのアシスタンスサービスを周知し、このようなCOVID-19影響下でも、何かあったときはサポートされることと、気をつけていただきたいことなどを、事例を中心にZoom/TEAMSを使った説明会を行っています。もちろん、メンタルカウンセリング(エモーショナルサポート)の紹介なども行っています。

 ヨーロッパ、アジア、南北アメリカの3軸の時差を中心にして本社HQで企画していただく訳ですが、当初は想定していなかった社会的連帯性を高める手段になったのではないか、と思える事例が多々ありましたので、少し紹介させていただきます。

 例えば、ブラジルのある拠点でひとり赴任されている方に説明会を行ったときは、その方がCOVID-19影響下に赴任され、なおかつ外出ができない状態であったため、半年以上日本語を話していなかったようです。説明会が終わった後も雑談を続けましたが、海外赴任者の方々の気持ちを母国語で吐き出す「場」のひとつになれたのではないかと思います。
 また、ヨーロッパ各国の赴任者の方々がTEAMSに集まったとき、お互いの顔を久しぶりに見たようで、「お久しぶり」「元気ですか?」という会話をされていましたので、この説明会により、同じ会社に属している、という社会的連帯性を意識していただけたのかも知れません。
 一番驚いたのは、「本社の人事部がこんなことを企画してくれるとは思いもしなかった」という声を聞いたことです。おそらく、本社の人事部は赴任前の教育などは行ってくれますが、赴任後は何もケアしていなかったのではないでしょうか。改めて、海外で安心して安全に健康で働くための説明会が、COVID-19影響下の海外赴任者にとって、例え本社とは遠く離れた海外でも自分はこの会社に所属しているんだ、という社会連帯性につながったのかも知れません。

   細かいことですが、インターナショナルSOSのアプリをスマホにインストールしておくと、命の関わるリスク(スペシャルアドバイサリー)が半径50㎞以内で起きたとき、Pop-upで知らせてくれる機能があることを知り、さっそく家族にアプリをDownloadさせるようにするとか、営業のメールアドレスも分かったので、何か分からないことがあれば気軽に連絡できるようになったとか、社会連帯性につながっているのではないかと思わせるさまざまな意見を頂戴することができました。

 「海外赴任者向け説明会」は、私たちがすぐに行うことができる社会連帯性を海外赴任者と帯同家族に意識していただける「手段のひとつ」ですから、私は積極的にユーザーから望まれれば続けていきたいと考えています。

   最後に今回の勉強会でご協力をいただいた海外赴任者からのコメントを掲載し、第11回の勉強会を終わりにしたいと思います。ご協力をいただきまして、本当にありがとうございました。益々のご活躍をお祈り申し上げます。 


【ご協力いただいた海外赴任者からのコメント】

    赴任者や帯同家族は多くの経験が出来ますが、日本とは異なる生活環境、親族や友人と離れていることによる不自由が少なからずあり、従来は「赴任者手当」等の金銭的な補償で対処すべしとの考え方が一般的でした。
昨今は残留親族のケアや配偶者の離職問題など、金銭ではどうにもならない課題が重視され、希望者が減っているのが実状です。
 その環境やメンタル面を支えるのは日本の親会社であり、委託を受けた貴社(インターナショナルSOS)のような存在であると考えます。

   今後のグローバル展開で「赴任者を減らすべし」というのも1つの解ですが、それを過度に進めると現地会社の運営ノウハウ、業務レベルを知る日本人が減ることで、事業のグリップが効かなくなる可能性があり、事業運営上の大きなリスクともなります。

 グローバル経営を目指しているのに現地の事情を知る人がいなくなる、赴任者派遣は単なる実務コストでなく、人材教育でもあると益々感じる様になりました。
従って、赴任者の様々な面での障害を極力取り除き、現地の問題に対処しつつ、将来の親会社幹部候補を養成する機会を残しておくのが現実的と思います。

 貴社の取り組みが浸透し、世界中の赴任者が厳しくも充実した生活を送れるよう祈っております。

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※勉強会で共有された資料「COVID-19影響下における海外赴任者と帯同家族のメンタルケアについて」(PDF)をご希望のお客様は、お手数をお掛けしますが、下記リンクよりリクエストフォームにご記入下さい。後日弊社営業担当より資料を送付させていただきます。
https://my.internationalsos.com/LP=7932


「グローバル人材を守る健康と安全の提言書」
(ベーカー&マッケンジー法律事務所とInternational SOS Foundation共著 2015年11月作成)
Employer's Duty of Care in Japan Positioning Paper
(English) Published by the Baker McKenzie and the International SOS Foundation. Outlines the Duty of Care for businesses operating in Japan.
https://www.internationalsosfoundation.org/apac

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その社員の方々に医療とセキュリティのアシスタンスサービスを
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http://www.internationalsos.co.jp/

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