国外退避とは?判断基準・意思決定の方法から、費用(コスト)・退避手段まで解説
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国外退避(Evacuation)とは、紛争、政情不安、テロ、自然災害、パンデミックなどに起因する安全上のリスクの影響下に置かれた、またはそのおそれが高まった場合に、企業・団体の判断で、出張者や駐在員、帯同家族等をより安全な地域へ移送することを指します。
その備えとして、組織内で役割分担や意思決定プロセス、支援の依頼先を事前に決めておくことが大切です。形式的な取り決めにとどまらず、実際に運用可能な形で整えておくことは、組織が果たすべき安全配慮義務であり、重要なリスクマネジメントの1つです。
この記事は、インターナショナルSOSのセキュリティマネージャー渡邉信也監修のもと、国外退避が必要な状況や意思決定の方法、退避手段の種類やコスト、退避支援の提供者などについて網羅的にまとめています。
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国外退避は、単一の事象だけで判断されるものではありません。複数のリスクが重なり、企業・団体として安全確保や事業継続が困難になる、またはその可能性が高まった場合に検討・実施されます。主な判断軸は以下のとおりです。
上記の判断軸に加えて、実務上は以下のような要素が重なった場合、国外退避の判断が早まることがあります。

外務省は、旅行者や海外出張者・駐在員等に対し、「危険情報」を発信しています。これは渡航先の国や地域で、日本人の生命・身体に危害を及ぼす事象が継続的に発生している場合や、治安が悪化し、日本人に悪影響が及ぶ可能性がある場合に出されます(外務省「『危険情報』とは?」)。
危険情報では、国や地域の治安情勢が4つの区分(レベル1~4)で総合的に評価され、安全対策の目安と地域ごとの安全状況の詳細が確認できます。レベル数が高いほど危険度が高く、レベル1は「十分注意してください」、レベル4は「退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)」を意味します。
危険情報は外務省の海外安全ホームページで公表されるほか、「たびレジ」登録者や在留届の提出者に対しては、渡航先・滞在先に応じた最新の安全情報がメールで配信されます(外務省HP「海外へ渡航される皆様へ」)。
続いて、従業員が滞在中の国や地域でレベル4の退避勧告を受信した場合、企業としてどのように対応すれば良いのかについて見ていきます。

国外退避を実施しない場合や、実施体制を整えていない場合、企業・団体はどのような責任が問われるのでしょうか。実施の意思決定を適切に行う方法と併せて解説します。
企業が海外に従業員を出張または駐在・派遣させる場合、出張者や駐在員本人に加え、帯同家族の安全にも配慮する必要があります。これは、労働契約や就業関係に基づく法的責任にとどまらず、企業が社会的に負う安全配慮義務(Duty of Care)の一環として求められるものです。
安全配慮義務とは、「事故や被害が発生した後に適切な対応を行えば足りる」という考え方ではありません。実務上は、紛争や政情不安、治安悪化などの兆候が見られる段階で、どのようなリスク認識を持ち、どのような判断や準備を行っていたかという事前の備えと、意思決定プロセスそのものが問われます。
その意味で、国外退避の体制整備は、企業の善意や任意の取り組みではなく、海外で事業活動を行う以上、果たすべきリスク管理責任の中核に位置づけられます。
事前に退避時の役割分担や意思決定の権限、情報収集の方法、支援の依頼先が整理されていないと、危機発生時に判断が先送りされ、結果として従業員や帯同家族をより高いリスクにさらしてしまうおそれがあります。
実際の危機事案においては、「国外退避を実施しなかったこと」以上に、「退避の判断が遅れたこと」自体が重大なリスクとなるケースも少なくありません。移動手段が急速に制限されたり、現地情勢が短期間で悪化したりする状況では、判断の遅れがそのまま選択肢の喪失につながるからです。
企業に求められているのは、事後対応に注力することではなく、限られた情報の中で合理的かつ迅速に判断できる体制を平時から整えておくことです。国外退避に関する備えは、企業の安全配慮義務とリスクマネジメント能力を具体的に示すものと言えます。
国外退避の成否を左右する最大の要素の一つが、意思決定のあり方です。退避手段や必要な資源を確保できていたとしても、判断が遅れれば、結果として選択肢が失われる可能性があります。国外退避では、「何を準備するか」だけでなく、「誰が、どのように決めるか」を明確にしておくことが極めて重要です。
たとえば、国外退避の判断を現地に滞在する出張者や駐在員本人の判断に委ねることは、大きなリスクが伴います。
現地での日常的な環境変化に慣れてしまっていることで、リスクの深刻さを過小評価してしまう、いわゆる「正常性バイアス」が働きやすくなります。また、業務上の責任感や周囲への配慮から、「まだ大丈夫だろう」「自分だけ先に帰れない」と判断が遅れるケースも少なくありません。
さらに、現地では情報が断片的になりやすく、全体像を把握したうえでの客観的判断が難しい状況に陥りがちです。このような理由から、国外退避の判断を現地本人の自己判断のみに委ねることは、安全配慮義務の観点からも適切とは言えません。
国外退避の意思決定においては、本社、地域統括拠点、現地法人それぞれの役割を明確にしておく必要があります。
一般的には、現地法人や現地担当者が最新の情勢や現場感覚を把握し、地域統括や本社が複数拠点を横断した視点でリスクを評価し、最終的な判断を下す体制が望まれます。
誰が情報を集約し、誰が判断材料を整理し、誰が最終決定を行うのかを平時から定義しておかなければ、緊急時には調整や確認に時間を要し、判断の遅れにつながります。
退避を決める権限者が明確ではない企業では、「本社は現地判断を待ち、現地は本社の指示を待つ」といった状態に陥り、結果として誰も決断しないまま時間だけが経過してしまうことが起こり得ます。また、退避の必要性は認識していても、費用承認や事業影響への懸念から最終判断が先送りされ、移動手段が確保できなくなることもあります。
国外退避の意思決定では、情報・時間・責任の所在という3つの観点を常に意識する必要があります。
つまり、「どの情報を基に判断するのか(情報)」「いつまでに決めなければ選択肢が失われるのか(時間)」「誰がその判断の責任を負うのか(責任)」です。これらが曖昧なままでは、合理的な判断は期待できません。
企業に求められているのは、完璧な判断を常に下すことではなく、限られた情報の中でも、あらかじめ定めたプロセスに基づき、迅速に意思決定できる体制を構築しておくことです。

国外退避を実行するにあたり、「誰が支援を提供するのか」を正しく理解しておくことが重要です。国外退避は、大きく分けて政府による支援と民間による支援の2種類に分類され、それぞれ役割や特性が異なります。
日本政府による国外退避支援は、主に外務省を中心として実施されます。現地情勢の急激な悪化に伴い、商用便の利用が困難になった場合などには、政府がチャーター機や自衛隊機を手配し、日本人を国外へ退避させる措置が取られることがあります。
政府支援の特徴は、国籍に基づく支援であり、個人が直接対象となる点にあります。一方で、対象者数や実施時期は情勢や政府判断に大きく左右され、必ずしも企業の希望するタイミングや場所から退避できるとは限りません。また、必ずしも希望者全員が支援対象とならない場合や第三国籍者が支援対象外となる場合もあり、企業としての安全配慮をすべて政府支援に委ねることには限界があります。そのため、政府支援は重要な選択肢の一つではあるものの、「最後の選択肢」または「補完的な手段」として位置づけておくことが現実的です。
民間の国外退避支援は、セキュリティおよび医療分野の専門企業によって提供されます。これらの企業は、平時から世界各地のリスク情報を収集・分析し、有事にはチャーター機の手配、陸路・海路での移動支援、現地でのセキュリティ手配などを組み合わせて、企業のニーズに応じた退避支援を行います。
民間支援の最大の特徴は、企業単位での判断と実行が可能である点です。国籍を問わず、従業員、出張者、帯同家族を含めた対応が可能であり、企業の意思決定に基づいて、より早い段階から支援を開始することができます。
一方で、コストや契約条件の違い、平時からの準備状況によって対応可否やスピードに差が出る点には注意が必要です。
国外退避において問題となるのは、「政府か民間か」という選択そのものではなく、必要なタイミングで、実際に退避手段を確保できるかどうかです。情勢が急激に悪化した場合、政府支援・民間支援のいずれにおいても、移動手段や座席数が極めて限定的になることがあります。
そのため実務上は、政府の支援情報を常に把握しつつ、同時に民間の専門家とも平時から連携しておくことで、退避手段を確保できる可能性を高めるという考え方が重要になります。複数の選択肢を持ち、状況に応じて柔軟に組み合わせることが、企業としての実効的な安全配慮につながります。

国外退避を検討・実施するにあたり、利用可能な退避手段の種類と、現実的な制約、各手段のコスト感を理解しておくことが重要です。国外退避の手段は、現地情勢、インフラの稼働状況、退避人数、時間的制約などによって、選択肢が大きく変わります。
最も一般的な手段は商用航空便の利用です。情勢が比較的安定している段階であれば、定期便を活用した退避が可能です。しかし、情勢の悪化に伴い減便や運休が相次ぐと、座席の確保は急速に困難になります。
その結果、政府や民間によるチャーター機が主要な選択肢となるケースも少なくありません。ただし、利用可能な空港や機体、乗務員には限りがあり、必ずしも希望どおりの条件で手配できるとは限りません。
空港閉鎖や航空便の利用が現実的でない場合には、車両を用いて隣国または比較的安全な地域へ移動する陸路退避が検討されます。陸路退避は柔軟性がある一方で、治安状況、検問、道路封鎖、越境手続きなど、複数のリスクを伴います。そのため、現地情勢に精通した支援体制の有無が、安全性と成否を大きく左右します。
沿岸地域では、港湾施設を利用した船舶による退避が行われる場合もあります。ただし、利用可能な港が限られること、天候や海上治安の影響を受けやすいことから、実務上は他の手段を補完する位置づけとなることが一般的です。
実際の国外退避では、単一の手段で完結するケースは多くありません。陸路で空港や港まで移動し、そこから航空機や船舶を利用するなど、複数の手段を組み合わせて実施されることが一般的です。

国外退避にかかるコストは、あらかじめ固定的に算出できるものではありません。退避人数、同行する帯同家族や要配慮者の有無、利用する手段、緊急度、セキュリティや医療支援の必要性など、さまざまな要因によって大きく異なります。
特に重要なのは、国外退避の費用が現地における需給バランスの影響を強く受けるという点です。情勢が急激に悪化し、複数の企業や個人が一斉に退避を試みる状況では、航空機、車両、セキュリティ要員、医療リソースといった必要な資源に対して需要が集中し、需給バランスが急速に崩れることがあります。
このような局面では、通常であれば取得できる概算見積もりが提示されない、あるいは「この条件であれば対応可能」という、実質的に言い値に近い形での依頼を求められるケースも珍しくありません。場合によっては、価格交渉以前に、「今すぐ確定しなければ対応できない」という判断を迫られることもあります。
つまり国外退避における費用は、「高いか安いか」という比較の問題ではなく、その時点で実行可能な退避手段が市場に残っているかどうかという利用可能な手段の制約の中で決まる性質を持っています。判断が遅れ、需要が急増した後では、費用の問題以前に選択肢そのものが存在しない状況に陥ることもあります。
実務上、国外退避の判断が早い段階で行われるほど、利用可能な手段の選択肢が多く、結果的にコストやリスクを抑えられる傾向があります。一方で、判断が遅れ、移動手段が限定された局面では、チャーター機や特殊な陸路退避など、選択肢が固定化され、費用も大きく上昇しやすくなります。
そのため、国外退避の手段とコストは切り離して考えるべきものではなく、意思決定のタイミングと一体で捉える必要があります。平時から想定される退避手段や制約を理解し、選択肢が残っている段階で判断できる体制を整えておくことが、現実的かつ持続可能な国外退避につながります。
インターナショナルSOSは、40年以上にわたり企業・団体にセキュリティ・医療支援を提供しており、有事の際に迅速な国外退避を実行できるよう、以下のような支援も行っています。
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