地震や山火事、洪水などの自然災害が国内外で起きていることを受け、「危機管理」体制をいま一度見直そうと考られている企業・団体様も多いのではないでしょうか。
この記事では、「危機管理」の定義と、「リスクマネジメント」など似ている言葉との違い、危機管理が大事である理由、医療リスク・セキュリティリスク・トラベルリスクにおける危機管理の具体例や、危機管理計画の立て方まで網羅しています。
また記事の内容は、世界90カ国以上1,200拠点以上を有す、創業40周年を迎える医療・セキュリティアシスタンス会社、インターナショナルSOSの経験豊かなセキュリティ専門家が監修しています。
「危機管理」に関して皆さまが気になる情報を、かみ砕いて、かつ詳細に解説していますので、企業・団体の人事・労務、リスク管理のご担当者様は、ぜひこの記事を保存して、危機管理体制の構築や見直しにご活用ください。
1.危機管理とは?リスクマネジメントとの違いは?
はじめに危機管理の定義と、リスク管理など似ている言葉との違いをご説明します。
1-1. 危機管理(クライシスマネジメント)とは?
モノやサービスの国際規格(世界的に統一されたやり方、「国際標準」とも言う)を定めているISO(国際標準化機構、International Organization for Standardization)という組織は、企業・団体様がおこなう「危機管理(クライシスマネジメント,Crisis Management)」についても国際規格を定めています。
その国際規格は「ISO22361」(最新版はISO22361:2022)と名付けられており、危機管理についてこう定義しています。
Crisis Management: coordinated activities to direct and control an organization with regard to a crisis
危機管理:危機に関して、組織を指揮・統制するための調整された活動
簡単に言い換えると、次のようになります。
危機管理:企業・団体の存続が危ぶまれるような「重大な危機」に対して、組織内外の関係者と連携し、あらかじめ手順や責任分担を決めておくことで、事前準備・危機発生時の対応・復旧業務を、全体をまとめながら計画通りに実行すること。
1-2.危機管理(クライシスマネジメント)、リスク管理、リスクマネジメントの違い
危機管理と似た言葉に「リスクマネジメント」「リスク管理」(Risk Management)があり、調べれば調べるほど混乱してきたという方も多いかもしれません。
なぜなら日本では、一般的に「リスク管理(リスクマネジメント)」と「危機管理」が混同されており、両者を同じものとして区別しない場合が多いからです。
区別しない理由は、たとえば政府機関においてリスクマネジメントや危機管理の対象となる事象が発生した場合、自然災害であればこの部署、イベントであればあの部署、というように事象ごとに担当が割り振られることもあり、必ずしも深刻度や切迫度で区別して対応する必要がないためです。
リスク管理(リスクマネジメント)と危機管理を区別しているリスクマネジメントや危機管理の関係者も一部いますが、多くの場合、実務の利便性や組織の実態に合わせることを優先した結果、下図のように事前=リスク管理、事後=危機管理、両者を全文カタカナで「リスクマネジメント」と総称する、日本独自の整理をしています。
しかし国際的な定義によれば、「リスク管理(=リスクマネジメント)」と「危機管理」は、被る部分もある異なるものです。
前項ではISOによる危機管理の定義をご紹介しましたが、リスク管理(リスクマネジメント)については「ISO:31000」(最新版はISO31000:2018)で次のように定義しています。
Risk: The effect of uncertainty on objectives
リスク:目的に対する不確かさの影響
Risk management: Coordinated activities to direct and control an organization with regard to risk
リスク管理(リスクマネジメント):リスクに関して、組織を指揮し、統制するための調整された活動
簡単に言い換えると、次のようになります。
リスクとは、企業・団体の目標や事業計画に対して「思いがけない出来事」が何らかの影響をもたらす可能性のこと。自然災害で出張が中止になるなど悪い影響だけでなく、予想以上に商品が売れて供給不足になるなど良い影響も含む。
リスク管理(リスクマネジメント)は、思いがけない出来事が良くも悪くも目標や事業計画に影響を与えることを前提に、事前に予測し、対処法を考え、実行し、改善し続ける活動のこと。
前項でご紹介した危機管理の定義を並べて比べてみましょう。
危機管理:企業・団体の存続が危ぶまれるような「重大な危機」に対して、組織内外の関係者と連携し、あらかじめ手順や責任分担を決めておくことで、事前準備・危機発生時の対応・復旧業務を、全体をまとめながら計画通りに実行すること。
危機管理は、特に企業・団体様にとって「重大で深刻な悪影響」を及ぼす「差し迫った出来事」と、それが与える影響が管理の対象です。
一方リスク管理(リスクマネジメント)は、深刻度や切迫性に関係なく、思いがけない出来事全般とそれが与える影響(想定外の成功やチャンスなど良い影響も含む)が管理の対象です。
ISOは、危機管理は単にリスク管理(リスクマネジメント)の一部ではなく、特別な準備と対応が必要なものとしており、そのためリスク管理の国際規格(ISO31000:2018)とは別で危機管理の国際規格(ISO22361:2022)を定めています。
1-3.どの危機管理の定義を採用すべきか
ここまでで「日本と国際規格で定義が違うのは理解したが、どちらを採用して組織づくりをするべきか?」「日本に本社があり海外進出している場合は国際規格に従うべきなのか?」などの疑問を持たれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
これらの答えとしては、どちらの定義を採用しても間違いではありません。
しかしながら、国内外で事業を展開されている企業・団体様は、拠点ごとに異なる基準で危機管理を運用すると有事の際に対応方針が統一されず、連携や意思決定が遅れるリスクがあるため、国際規格の定義を採用されるのが良いかもしれません。
また、国際規格では「危機管理」と「リスク管理」は明確に区別されており、それぞれに対して体系的な取り組み手順が定められています。
そのため国際基準を採用することで、実務の進め方が明確になり、より危機管理やリスク管理に取り組みやすくなると言えます。
インターナショナルSOSは、ISOの国際規格をもとに危機管理に必要な項目をお伝えしてはいますが、より重要な点として、各企業・団体様の組織構造や組織文化など、長い事業活動の中で発展・最適化された物事についても聞き取りをおこない、組織にとって受け入れやすい最適なソリューションをご提案しています。
これは、単に国際規格に準拠するだけでなく、実際に機能する運用体制を構築するためには、各組織に合った柔軟な対応が求められるためです。
続く章では、危機管理についての理解を深めるために、インターナショナルSOSが過去にサポートした企業・団体様における危機管理の具体例や、危機管理計画の立て方と注意点についてご紹介します。
2.企業・団体にとってなぜ危機管理が大事?具体例で解説
この章では、医療リスクとセキュリティリスク、トラベルリスクにおいて危機管理が大事である理由を、具体例を用いてご紹介します。
2-1.医療リスクと危機管理の具体例
リベリアで操業されている大手鉄鋼メーカー企業様の、医療リスクにおける危機管理の事例( 英語原文 )です。
- 状況:感染症(エボラ出血熱)の拡大が従業員に深刻な健康上の影響を与え、事業継続に重大な支障をきたす可能性が予想されていた
- 課題①:現地に出張する従業員の間で渡航や勤務への不安が高まり、出勤拒否の懸念
- 課題②:プロジェクトをサポートしていた地元住民も感染リスクがあり、社内での二次感染につながる可能性
- 解決策:インターナショナルSOSは感染症に関する専門知識とネットワークを活用し、過去のエボラ対応経験を持つ感染症専門医を現地に派遣
- 具体的な活動:企業様側のチームや医療従事者、地域住民を対象にしたウィルスや感染経路に関する教育活動、ゾーニングによる感染リスクのある人物の特定、隔離ユニットの設置などを実施
- 結果:従業員の不安軽減と感染リスクの管理、そして感染症流行中もリベリアでの操業と事業の継続を実現しました
2-2.セキュリティリスクと危機管理の具体例
つづいてパレスチナ自治区で従業員が危険に直面していた企業様の、セキュリティリスクにおける危機管理の事例(英語原文)です。
- 状況:パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区北部の都市ジェニンから外国籍の従業員と親族をイスラエル経由で国外退避させる必要があった
- 課題①:ヨルダン川西岸地区における治安リスクの高まり
- 課題②:厳格な入域許可制度がある中で安全な移動をするための戦略構築
- 課題③:強い不安を抱える従業員たちへの精神的サポート
- 解決策:インターナショナルSOSはリスクの高い環境での運用経験と必要な通行許可を持つ安全な地上輸送手段を手配し、企業様の従業員の国外退避をサポート
- 具体的な活動:状況に応じてルートや移動手段を調整し、関係する大使館に支援も要請するなどして無事にイスラエルを通過。ベングリオン空港でインターナショナルSOSのインシデントマネジメントチーム(IMT)が移動のストレスで不安を感じていた従業員のために精神的サポートを提供し安全を確保
- 結果:インターナショナルSOSと現地のセキュリティパートナー、IMTが連携してハイリスク地域から従業員とその親族の安全な国外退避を実現
2-3.トラベルリスク(渡航 / 旅行リスク)と危機管理の具体例
最後に、従業員を初めての出張先に派遣したいグローバル化学企業様の、トラベルリスクにおける危機管理の事例( 英語原文)です。
- 状況:海外出張に慣れている従業員が、初めての渡航先であるナイジェリアのラゴスに出張する際の渡航前後の支援を必要としていた
- 課題①:最大4週間のビジネス出張として国際的なチームをラゴス郊外の企業様の製油所へ派遣する必要がある
- 課題②:マラリア対策、新型コロナウィルス(COVID)対策、宿泊地・移動中の安全確保という重大かつ切迫した要素への対応も含まれている
- 課題③:現地の医療・セキュリティリスク評価やリスク軽減の具体策を構築する支援も必要とされている
- 解決策:インターナショナルSOSの医療とセキュリティの専門家が、プロジェクト期間中のラゴス出張チーム向けに、オーダーメイドの支援計画を立案
- 具体的な活動:出張前の安全教育の実施、出発前の健康診断、必須ワクチン接種、マラリア予防などに関するサポート、医療緊急時対応マニュアルの整備、職場や宿泊施設での医療・セキュリティリスク評価の実施など
- 結果:インターナショナルSOSの24時間365日対応の電話サポートと、現地の医療施設などを活用したサポートにより、出張者たちがナイジェリアでのリスクを的確に把握し、対処できる体制を構築
2-4. 安全配慮義務(Duty of care)と危機管理
危機管理をおこなうことで、具体的にどのような課題を解決できるかについて先にご覧いただきました。
企業・団体様が危機管理をする動機は、大きな話で言えば事業継続、ひいては従業員の生活の安定にあります。それは上記の具体例からも見て取れたのではないでしょうか。
特に従業員の生活の安定に関係する言葉に、「安全配慮義務(Duty of Care)」というものがあり、この考えからも危機管理がいかに重要であるかがわかります。
安全配慮義務とは、「企業・団体が従業員の心身の健康を配慮しなくてはならない義務」であり、違反すると場合によっては刑事罰や損害賠償などが求められます。
つまり危機管理は、「安全配慮義務」を遂行する、という観点からも大事であると言うことができます。
たとえばトラベルリスクを例に取ると、業務渡航は「企業・団体の安全配慮義務の範囲内に入る」という考えが一般的です。
仮に業務渡航中に従業員が不幸にも事件・事故に巻き込まれた場合、組織としてのトラベルリスクに対する危機管理(大きくはリスク管理)が適切であったか問われることになります。
不十分であったとされた場合、たとえば以下のような法的・経済的・社会的損失を被る可能性があります。
- 刑事罰や家族・取引先への補償金支払い
- 事業縮小/停止
- 信用失墜
- 従業員のモチベーション低下
- 離職者の増加
事態が深刻であればあるほど、組織が果たした安全配慮義務への評価は厳しく査定されることになるため、リスク管理のなかでも深刻かつ切迫した事象を扱う危機管理はそれだけ企業・団体様にとって重要なことなのです。
医療/セキュリティ/トラベルリスクの危機管理を専門家に相談する
3.危機管理計画を立てる手順と注意点
最後に、危機管理計画を立てる手順と注意点についてお伝えします。
3-1.危機管理計画を立てる方法
ISO22361:2022が定める、危機管理計画の手順は以下の通りです。
- 状況の認識:何が「危機」になり得るかを把握する
- 危機管理方針と体制の確立:危機発生時の責任分担と動きをルール化
- 危機管理能力の構築:即応・冷静に対応するための準備
- 監視と早期警告:兆候を察知し、危機化する前に対処する
- 危機評価と対応:危機の深刻度を判断し、適切な判断と行動をする
- 復旧・回復:事業を正常化し、評判や人的被害を回復させる
- 継続的改善:次の危機の備えとして今回の経験を反省する
3-2.危機管理計画の具体事例
具体的な事例を上記の危機管理計画のプロセスに当てはめるとどうなるのかを、先にセキュリティリスクへの危機管理でご紹介した例を用いて見てみましょう。
- 状況の認識:パレスチナ自治区のジェニン地域が高リスクであると事前認識する。渡航者の動線、出発国・避難先を把握する。
- 危機管理方針と体制の確立:International SOSと、現地チーム(セキュリティパートナー)、インシデントマネジメントチーム(IMT)でチームを編成し、危機発生時の責任分担と動きについて調整する。
- 危機管理能力の構築:危機対応の訓練を受けているセキュリティパートナーと連携する。緊急連絡体制を整備しておく。
- 監視と早期警告:ジェニン地域の情勢変化(検閲の状況や暴動など)をリアルタイムで監視し、状況変化に応じて国外退避のルート変更をおこなう。
- 危機評価と対応:検閲通過ができなかった際に、マラッカ―へ避難することを判断。その後大使館と連携して新ルートを定め、無事出国を遂行。
- 復旧・回復:空港で移動のストレスで不安状態の従業員に対し、IMTが精神的なサポートを提供。
- 継続的改善:企業様からの高評価とフィードバックをナレッジ化し、次回の対応の参考にする。
3-3.危機管理計画を立てる際の注意点
危機管理計画を立てる上で、どのようなことに気をつける必要があるのでしょうか。
①危機対応の訓練を受けた医療・セキュリティパートナーと連携する
単に医療・セキュリティサポートを提供している機関やパートナーと組むのではなく、非常事態の訓練を積んだ現地パートナーを選定することが大切です。
インターナショナルSOSの場合、約40年間培ってきたグローバルネットワークを活かして、世界中のあらゆる地域の現地専門家機関、現地医療施設を調査、選定し、協力関係を築いています。
インターナショナルSOSの所属医師、セキュリティ専門家などの各種専門家と、現地の専門家パートナーや現地医療機関とで連携し、危機管理においても迅速かつ手厚いサポートを実現しています。
②リアルタイムの情勢把握のための体制を整えておく
危機発生時にリアルタイムで状況把握をするためには、平常時から現地のセキュリティ調査などを実施し、危機が発生したときに安定して本社と従業員が通信できる手段を構築することも重要です。
また緊急時対応のために平時から社内教育や訓練を重ねておくことも非常に重要です。
たとえばミャンマーでの地震発生時も、インターナショナルSOSは現地セキュリティパートナーと定期的なセキュリティ調査をおこなっていたため、震災後も全土で通信状況が不安定な中、安定して現地と通信することができました。
それにより、震災後も継続して最新情報を収集し、企業様に必要なサポートを提供することができました。
社内教育や訓練についても、インターナショナルSOSは医療・セキュリティの専門家による社内教育用のワークショップや、e-learningサービスもご提供しています。
③緊急医療搬送・国外退避などをサポートするサービスを利用する
緊急医療搬送手段や高リスク地域における専門家は、危機対応に必須でありながら、社内で調達・選定するには費用面でも知識面でも難しいのが現実です。
そこで、世界各国での緊急医療搬送をサポートした経験が豊富で、かつ現地専門家と繋がりがあり、社内にもすぐに相談できる専門家が所属しているようなアシスタンスサービス会社と提携することがおすすめです。
インターナショナルSOSは、企業・団体様の医療リスク、セキュリティリスク、トラベルリスク対応をご支援する創業40年のアシスタンスサービス会社です。
緊急医療搬送サービスから始まったため、危機管理に関して業界随一の知識と経験を誇ります。
また社内には業界でも珍しい「所属医師(当社専属の医師)」や、セキュリティリスクや渡航リスクなどの専門家が数多く在籍しており、迅速な対応と信頼のおける手厚いサポートに定評があります。
4.まとめ|危機管理には危機対応経験豊富な専門家のサポートがおすすめ
危機管理の定義にはじまり、似た言葉(リスク管理)との違いや、医療リスク・セキュリティリスク・トラベルリスクの実例を用いた危機管理の具体例と重要である理由、危機管理計画を立てる手順と注意点についてご説明してきました。
この記事をご覧になって、皆さまの危機管理についての理解が深まり、自社・自団体で危機管理を始めたり、見直したりするきっかけになれば幸いです。
医療・セキュリティ・渡航リスクの専門家に直接相談できる
危機管理において、高度な専門知識が必要とされる場面は少なくありません。専門家集団であるインターナショナルSOSは、以下のようなことができます
- 弊社所属の医師と専門家がリスクの予防~対応~復旧までご支援
- 365日24時間・多言語対応の電話相談
- 現地医療情報に基づく最適な医療機関や専門家のご紹介
- 40年の知見を活かした緊急医療搬送・国外退避のご支援
こうした疑問をお持ちの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。